肥料・農薬・除草剤に頼らず
自然界の仕組みを使って
植物の生命力を引き出す
「自然栽培」

「自然栽培」は、青森のりんご農家の木村秋則さんが提唱する栽培方法です。
木村さんのこと、ご存じですか? 2006年にNHKの番組『プロフェッショナル仕事の流儀』で紹介されて大反響を呼び、数多くの書籍も出版され、2013年には『奇跡のリンゴ』として映画化されました。肥料と農薬なしではりんごの栽培は不可能といわれるなか、世界で初めて「自然栽培」という独自の方法でそれを可能にした方です。そこにたどり着くまでの長い道のりで、木村さんは各種の作物を肥料・農薬・除草剤を使わずに育てることにも成功し、国内外で「自然栽培」の指導もしてくださっています。

2010年に設立したNPO法人岡山県木村式自然栽培実行委員会では、「自然栽培」でお米、桃、ぶどうを生産しています。

「自然栽培」について

「自然栽培」それは提唱者の木村秋則さんがおっしゃるようにまさに“農業ルネサンス”です。温故知新、しかしこれまでにないまったく新しい考え・アプローチでもあります。太陽、水、大気、土、そして稲、土の中の微生物やバクテリア、たくさんの生きものたちが織り成す壮大な自然の世界。

自然が織り成す生態系の仕組みや関係性を何よりも大切にするこの栽培方法によって、田んぼにはたくさんの生きものたちが関わりあい、調和し、それはまるでオーケストラのようです。
木村さん曰く「秘密は土にある。土はすべての答えを持っている」とのこと。
“稲に必要な栄養分”は、田んぼという大きな舞台でおのずと、そして見事なまでの連携によって生み出されていきます。ゆえに外部からの肥料は施さなくてよいのです。自然が生み出した養分は稲にとって“過分ではない”ため、稲はさらなる養分を求めその根を遠くへと伸ばしていきます。

こうして生命力豊かなたくましい稲へと生長してゆくので、農薬はいらない。そして除草剤もいらない。単に肥料・農薬・除草剤の使用を否定するというのではなく、肥料や農薬の代わりに田んぼにある「生物の力」を存分に活かす。
創造的ともいえる「生態系」の繊細でダイナミックな営みに、自身も自然の一部であるという謙虚な視点をもちながら、人間も積極的に関わっていくというハーモニックなアプローチ。

そこでとても大切なことは、科学的な知恵とともに想像力と思いやりを持つこと。
人間はよく観察し、工夫して、愛情深く自然のお手伝いをするだけ。本能をのびやかに発揮して、その尊い命が輝くように。これが“奇跡のリンゴ”で知られる木村秋則さんが10年あまりにおよぶ壮絶な試行錯誤の末にたどり着いたこと。
写真提供/NPO法人岡山県木村式自然栽培実行委員会

「自然栽培」は、木村さんがおつくりになった造語です。
「自然」な「栽培」ではなく、これまでにないたくさんの工夫にみちた「自然(無為)」と「栽培(人間による有為)」=「自然栽培」。

無為と人為、相反する関係性のせめぎ合いに「自然栽培」ならではの視点があるといえます。これはひとえに、たずさわる人のバランス感覚にかかるもの。
「自然栽培は、まず心が大事」と、いつも木村さんがおっしゃるゆえんです。これが「自然栽培」の神髄です。 そして、木村秋則さんにご指導いただき学んできたのは、田んぼの乾かし方や土の耕し方、苗の育て方や除草の仕方、水の管理など木村さんならではのメソッドの数々。
しかし、それは“マニュアル”ではなく、“ガイドライン”。いちばんの学びは、想いと心です。
一つ一つの田んぼの状態はみんな異なっているので、一人一人が受け身ではなく主体となってみずからの熱意と工夫や技術を積極的に試していく。

持ち得た経験的な技術を互いに惜しみなく共有しながら学び、助け合い、つながっていく。
それが「自然栽培」の極意です。

▲ ”奇跡のりんご”の木村秋則さん

自然に倣うのが「自然栽培」

野山でも身近な場所でも人間が肥料を与えなくても植物は立派に育っています。植物には本来自らが肥料を作り出す仕組みがそなわっています。「自然栽培」は、たくましく自生する植物に倣って、自然界に元々備わっている摂理を生かし、生態系を壊さないためにも土壌や作物に人為的な手を必要以上に加えないようにしています。
“自然に倣う(ならう)”これが「自然栽培」の考え方です。

「自然栽培」の
田んぼに拡がる
生き物たちのハーモニー

自然栽培の田んぼは、肥料を使わないので、稲が養分を求めて根っこを土深く伸ばしていきます。そこへ微生物などの目に見えない小さな生きものたちが集まります。小さな生きものたちは分解した栄養分を稲に与える代わりに、稲からも栄養分をもらい、互いに持ちつ持たれつの関係を築いて助け合っています。

また、自然栽培の田んぼには、地上部にもたくさんの生きものたちが棲んでいます。微生物たちが分解したものをエサに、虫が集まり、その虫を食べるためにオタマジャクシやカエル、メダカ、トンボなどが集まります。さらにその小動物を食べるために、今度は鳥が集まります。

こうして自然栽培の田んぼは生態系が充実していくのです。
自然栽培の田んぼには、多様な生きものたちのやさしいハーモニーが広がっています。

田んぼは
すべてにつながっている

山から川へと流れ 田んぼへ注がれる水は、
ふたたび川へとつながり 海へとつながっています。
田んぼの空気は空へ 大気へとつながっています。
すべてはひとつにつながっているのです。
田んぼで起こっていることは すべてにつながり、
そして、めぐっているのです。

自然栽培を
もっと知りたい

生態系って?

自然のなかに孤立して生きている命は一つとしてありません。生きとし生ける無数の命すべてがつながり合い、絡み合って存在しています。「生態系」とは、全体がつながってひとつの命を構成しているということ、そしてその命全体の働きのことでもあります。
互いに補完しあい、影響しあうその複雑さこそが生態系を安定させ、複雑さが減少すればするほど地球のバランスは崩れていき、さまざまな現象が連鎖的に起きます。だからこそ今、生物の多様性を守ることが大切だと危機感をもっていわれているのです。「自然栽培」は生態系を何より大切にする栽培方法です。

「自然栽培」って「放置栽培」とは違うの?

すべてを自然にまかせて、“放置・ほったらかし”とはまったく違います。「自然栽培」は、木村さんが試行錯誤を重ねて培った独自のメソッドを使って、作物が最大限に力を発揮して成長できるよう、寄り添いお手伝いするという栽培方法です。自然を損なわない範囲内である程度環境を整えますが、やり過ぎず、やらなさ過ぎず。じつは、それが生態系がより豊かに循環していくことにもつながっていくのです。

「慣行栽培(一般的な栽培)」や「有機栽培(オーガニック)」とどう違うの?

「慣行栽培」は、化学肥料も農薬も使います。
「有機栽培」は、有機肥料を使います。農薬を使います/無農薬の場合もあります。※「有機栽培」については後述します。
「自然栽培」は、肥料・農薬・除草剤を使いません。
他の栽培と一番異なるのは、肥料を使わないということです。
(※NPO法人岡山県木村式自然栽培実行委員会で認めた資材のみ一部、使用しています。)

肥料なしで、どうして作物が育つの?

これが一番不思議に思われることかもしれません。
「前年に窒素分は作物に吸収されているのだから、土の窒素分はなくなっているはずでは?」
「無くなった分の窒素を補充しなくていいの?」
「肥料をやらないのなら、土の中の窒素はどこから来ているの?」という疑問があることでしょう。

必要な栄養分は自然がつくってくれるのです。稲はその栄養を求めようと根をのばし、生命力を発揮して育ちます。“肥料を入れないと育たない”という固定概念や先入観を解き放ってみると、人間自身の感性も研ぎ澄まされて、目に見えないもの・土や植物の力やその発露などを深く理解できるようになるようです。日々の観察がさまざまなことを教えてくれます。

田んぼというものは自然を活かして人間が作った湿地ですが、水を張った土中にはたくさんのバクテリアや微生物たちが棲んでいて、彼らは空気中の窒素を取り込み化合物を作り、降り注ぐ太陽光などを取り込んで有機物にしたりしています。「自然栽培」では、外部から何かを施すことで「生態系の環」に影響を与えていないので、田んぼに棲む生きものたちに任せておくだけで稲に必要な栄養分をつくってくれます。全体としてみれば、「田んぼそのものが肥料をつくっている」ということなのです。

その壮大な環となって稲や微生物や生物たちがのびのびと生きづいている。それを想い浮かべるだけでわくわくしてきます。田んぼってほんとうにすごいものなのです。

田んぼがレンゲを呼んで
窒素を固定する

地中に棲むいくつかの細菌は大気中の窒素を取り込むことができ、これを「窒素固定」といいます。代表的なのはマメ科の植物の根につく根粒菌と呼ばれる共生細菌です。不思議なことに「自然栽培」の田んぼには、タネを蒔いていないのにレンゲが自生し、春先から田んぼ一面に広がることもあります。

「自然栽培」の田んぼに自生したレンゲを測ってみると約130cmもありました。

除草剤もいらないの?

慣行栽培では、雑草は稲の栄養を奪うとして除草剤が使われますが、「自然栽培」では、除草剤は使用しません。田植え後にチェーン除草機等で除草を行って稲の根に十分な酸素を送り、稲の発根促進をうながし、ほかの草の繁茂を停滞させています。多少雑草があったとしても、それらよりも先に稲の発根が促進されていれば、稲の生育は問題とはならないのです。

農薬もいらないのはなぜ?

農薬の役割は主に二つあります。
・殺菌剤として、稲が病気になるのを防いだり、病気がでたときには治療する。
・殺虫剤として、害虫が稲に付くのを防ぐ、または稲についた害虫を駆除する。

人間が肥料与えると、稲はあればあるだけその養分を吸ってしまうので栄養過多となり、人間でいうメタボになって免疫力が低下します。病気になるのを防ぐため、病気になると治療するために農薬が必要となります。
また、害虫はメタボとなった植物から大量に生成されるアミノ酸やタンパク質を狙って寄ってくるので、初期の段階で予防したり、発生してすぐに駆除したりするために農薬が必要となります。

一方「自然栽培」では、稲に必要な栄養分は、土の中に棲む無数の微生物やバクテリアによって過不足なくつくられるので、あり余る養分はありません。だから稲はメタボにならず生命力にあふれているので病気になりにくく、害虫が寄ってくることもあまりありません。結果として、農薬はいらないのです。
また、「自然栽培」の田んぼにはたくさんの生きものたちが棲んでいて、互いに牽制したり活用し合ったりしながら共存しています。NPO法人岡山県木村式自然栽培実行委員会で水田における生物調査を実施したところ、天敵となる生きもの益虫がやっかいな害虫を食べてくれているということがわかりました。

人間がその関係性をうまく制御しながら田んぼの生きものたちみんなに働いてもらうこと。これが、木村さんがたどり着いた、これまでの農業にはみられない新しい考え方です。
「自然栽培」は、広がれば広がるほど生物の多様性を守り、地球環境を守ることにもつながっていきます。

有機栽培との違いって何?

これが最もわかりにくく、よく知られていないことかもしれません。
「自然栽培」は、有機栽培(オーガニック)のカテゴリーのひとつと思われているかもしれませんが、そうではありません。

前に示したように、「自然栽培」と「有機栽培(オーガニック)」の違いは、「肥料を施さないのか、施すのか」です。「自然栽培」は、化学肥料はもちろんのことですが、有機肥料も土壌に持ち込みません。これが「自然栽培」の一番特徴的なところです。

「有機栽培」は、有機肥料として“家畜糞尿や植物の搾りかすなどの堆肥”を積極的に施します。また、「有機栽培」として、日本で標記が公的に認められている「有機JAS」という規格では、使用が認められている農薬があります。一口に「有機栽培」といっても、農薬が使用されているものもあるということです。

肥料過多の場合に起きること

肥料が過剰にあると、作物は生育に必要な量以上に、余分に吸収してしまいます。人間と同じで作物はメタボになります。メタボとなった作物は病気に弱く、腐敗も早まります。
肥料の3要素のひとつである窒素分は、生育の為に重要な要素ですが、生育に使われなかった余剰の窒素分は、収穫後の作物の中に「硝酸態窒素」として残留します。硝酸態窒素については、欧州では人体への影響が懸念され、農作物への硝酸態窒素の残留基準が定められている国もあります。また、土壌中の過剰な硝酸態窒素は地下水へと流れ出し、 水の汚染につながります。また、硝酸態窒素は温室効果ガスのひとつである亜酸化窒素ガスへと変化し、過剰な施肥は、地球温暖化の原因のひとつともいわれています。
「自然栽培」は肥料を極力土壌に持ち込まないので、人間と地球環境の両方に、よりやさしいといえます。

かつて“幻の米”といわれた≪朝日≫と
「自然栽培」の素晴らしいマッチング

NPO法人岡山県木村式自然栽培実行委員会では、生産者の皆さまと主に≪朝日≫という品種のお米を作っています。

お米には昔から「東の亀の尾、西の旭」という言葉があり、「旭」は美味しいお米の代表格。この2種類を親として、ほとんどの後継種が作られました。≪朝日≫は、「旭」の子で、岡山農業試験場が純系淘汰を行って確立した、全国で唯一残っている旭系。人工交配していない稀少な品種で、コシヒカリやササニシキの先祖にあたります。

≪朝日≫は、もち米と交配していないことから、モチモチとした食感とは異なり、ねばりは少なめでふっくら。ほのかな甘みが上品で、奥ゆかしい旨味があります。寿司職人や高級料亭の料理人たちが指名する品種として知られています。食味会においても、お米を知り尽くしたプロフェッショナルたちから賞賛をいただいている、知る人ぞ知る隠れた逸品なのです。

≪朝日≫は、このように歴史ある貴重な品種ですが、かつて“幻の米”といわれていました。稲の背丈が伸びやすいため倒伏しやすく、米粒が大きいため落穂(おちぼ)しやすいので、育てるのにとても手間暇がかかったそうです。農業の効率化・機械化が進むにつれて≪朝日≫をつくる生産者が激減しました。しかし、「自然栽培」で≪朝日≫を丈夫に育てることによって、かつての難しさを解消することができるのです。

「自然栽培」では、絶妙なバランスで濃すぎない、いわばギリギリの養分を自然がおのずとつくりだします。稲はそれを吸収しようと地中へと細くて毛細血管のような根毛を伸ばすので、稲の株はどっしりと育ち、風雨にも負けず倒れず、試しに引き抜こうとしても抜けないほどのたくましさ。こうして元々持っている植物の力が存分に引き出されて、茎も葉も穂も健やかに育ち、安全で安心な美味しいお米になっていくのです。

そして、もうひとつの素晴らしいマッチング、
“幻の米”といわれた≪雄町≫と「自然栽培」はこちらをご覧ください。